サマーヒート・ジレンマ
  




 ……………………………・ん。


う〜〜〜……。

なんか、凄げぇ蒸すなぁ。
背中も暑い、首元も…髪ん中も暑い。
身体ん中の熱が妙に淀んでて、いつまでも出て行かねぇってか、
それか、熱気が出てかねぇようにって、肌の表面へ油でも塗られてるみたいな、
風がねぇトコで じんわりゆっくり炙られてるみたいな、
誰か何かに勝手に調理でもされてるみたいな感じだよな。
夏って言っても、まだその取っ掛かりもいいトコだってのにもうこれかよ。
湿気が多いからだな、きっと。
この梅雨は結構長いコト雨の日ばっか続いてたもんな。
が〜〜〜っ。
体中のそこかしこにまとわりつくみたいな感じが 糞
ファッキンウゼ〜。


  ……………………………んん?


あれ? けど…俺、夏は嫌いじゃなかったのにな。
肉が付きにくいせいで、寒い方が堪えるもんな。
インナーとか重ね着すんの鬱陶しいし、
怪我しねぇようにって身体温めるまで、時間掛かるのがなんかウゼーしで、
それよか、すぐにもエンジンかかるから、夏の方が好きだったのにな。
オーバーヒートしそうになったら、
息抜きしがてら、頭っから水かぶりゃあいいんだしよ。
汗とか砂とか、一気に流し落とすのがまた、爽快で堪んねぇからな。
だから、本大会は 俺的には夏場にやってほしかったし、
何でインターハイにアメフトねぇんだってマジで不満だったりもしたし。
アメフトはあれこれ装備つけにゃなんねぇから、
普通の奴らには、暑さや何や、倍以上にキツイのかも知れんが、
俺にはあんまり苦じゃなかった。
湿度の高い中の、まといつくような暑さはさすがに辟易もんではあるが、
それでも…そう、陽射しが灼くほどに強くなると、
湿気も吹っ飛んでって、むしろ爽快で。
アメリカのあの、地平線まで見通せるほどに何もなかった一本道を
ただただ走った“デスマーチ”の40日間は、
日程的には大変だったけど、空気も乾いててそれなりに気持ち良かったし。

  …………………………。

そうなんだよな。
暑いのが、そのまま“ウゼー”へ直結してるのって、
そういや ここ最近の話だよな。
そうだぜ、ガキん頃だって、俺は暑いの大好きだった。
夏休みには皆が帰って来たし、
外で遊ぶならせめて帽子をかぶれと冴子姉ちゃんが追っかけて来んの、
勝手に“鬼ごっこ”にしちまって、
庭とか屋敷ん中とか、隅から隅まで駆け回ったりもしたしな。
それだのに何でまた、同じ“暑い”が“不快”になっちまったんだろ。
別にグラウンドでむかつくようなコトがあったとかいう覚えもないしな。
第一、夏は試合もねぇんだ、
そこまで根っこが残るようなこと、何にも起きようがないじゃねぇか。
今だって、ヘタってる奴らの尻を蹴って回るのに忙しいくらいで、
こっちはむしろ張り切っちまってるってのによ。


  「…あ。妖一、起きてた?」


カッチャと。
それは軽やかなドアノブの音がしたのを拾いつつ、ハッと眸が覚める。
肌に残っていた微熱が確かにあったが、
鎖骨のあたり、大きく空いてたパジャマの胸元へ手のひらを伏せれば、
表面はさらさらと乾いていて、洗いたての木綿の感触が心地いいばかり。
中途半端に腰や脚にかかってた上掛けが、熱を籠もらせていて、
それで蒸したのだと理解が追いつく。
室内へは窓から忍びいる夜風が満ちており、
昼間の真夏日気温はどこへやらという涼しさで。

 「ごめんね。暑かったよね。」

柔らかい声と柔らかな手のひら。
耳朶を、頬を、やさしく撫でて。
そぉっとベッドへ、すぐ傍らへとすべり込む重みと温みとがあって、
ちょっぴり甘い、花のような匂いがするのへ、

 「……………。」
  「あ、もう平気なんだ。」

擦り寄った痩躯をそちらからもそぉっと懐ろへと迎え入れながら、
さっきは邪険にも突き放したくせに、
冗談半分に少し責めるように言われて…やっとのことで気がついた。

  “ああ…そっか。こいつのせいだ。”

俺は夏が好きだった。
暑いのも平気だった、むしろ心地よかったのに。
なのにね、今は…暑いのがウザイ。
だって、暑いとくっついていられないから。
それがつまらないから、それで…、

  「夏ってウゼー。」
  「え? そっかなあ。」

そりゃあさ、寒い方が特に理由なんてなくくっついてられるけど、
それって下手すりゃ着膨れした同士でってコトもある訳でしょう?
こやって素肌に近いカッコ同士でいても不自然じゃないから、
夏も捨てたもんじゃあないよ?…なんて。
利いた風なコト言ってんじゃねぇよと、
めつけてやろうとした途端にサイドランプ消しやがってよ。
俺は夏が嫌いなんじゃねぇんだ。
暑いのが嫌いなんでもねぇんだよっ。
ただ、詰まんねぇからウゼーだけなんだ。
暑いからって、お前、こうしてる腕にもあんまり力入れねぇし。
懐ろに隙間風 入るようにって、余裕もたせて空間作ってるしよ。
俺が鬱陶しいって跳ね飛ばすかもって、勝手に決めつけて
いつもみたいに髪を撫でてもくれないし。
…だったら自分からもっと擦り寄れば済むことだろに、
そこはやっぱり負けず嫌いだったりするので、

  面白くねぇから、もう寝てやるっ。

寝ちまってからなら撫でてくれるかもしれないから、じゃねぇんだからな?
いいか? 勘違いしてんじゃねぇぞ? 判ったか?

一体誰への言い訳なんだか、
可愛らしいことと、窓の外では月がクスクス、声も立てずに笑ってた、
そんな七月の晩でした。




  〜Fine〜  06.7.22.


  *関西ではとっくに連日の熱帯夜の到来でございました、ええ。
   晩のエアコン、これでも頑張って我慢してましたが、
   やっぱり…おやすみモードに手が延びました。
   寄る年波には勝てませんです、はい。

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